最終更新:2016-02-29
スタート:2016-02-15
三宅川・森林橋
近隣探訪「稲沢の橋」
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橋の名称森林橋 もりりんばし
河川等の名称 三宅川
完成年月(昭和11年)1936年10月 架設
築年数最新の写真を撮影したときにおける79年
訪問日2006年10月20日,2016年2月19日など
上流の橋道光橋
下流の橋権現橋

 森林橋は架設されてから80年近くを経過した古いコンクリート橋ですが,架替のための準備が始まっています。
 ところで「森林」を「もりりん」とよぶところに何か歴史的な意味があるのではないかと思って調べたところ,1937年(昭和12年)に森林橋のすぐ北西部に森林もりりん紡績株式会社が創業したことがかわりました*1*2。森林橋が架設された翌年ですので,この橋は会社への交通路を確保する必要があって架設されたと考えられます。森林紡績は,尾西毛糸紡績,ニッケなどの時代を経て操業を終了し,跡地は商業施設「ニッケタウン」等になっています。
 橋名板橋名,渡る河川等の名称,完成年月などが書いてあるプレート親柱欄干らんかんの両端にある柱に取り付けられていて,東から見て右側に「森林橋」,左側に「昭和十一年十月架設」,西から見て右側に「も里りんばし」,左側に「昭和十一年十月架設」と,それぞれ縦書で書いてあります。
 今は見られない光景

森林橋付近の地図 Mapion(2016年)より
 森林橋付近の地図 Mapion(2016年)より
上流から見た森林橋
 上流には2本の水道管が平行しています。自転車で通る人と比べても,森林橋が小さな橋であることがわかります。2015-12-22

下流から見た森林橋
 下流から見た森林橋です。2015-04-18

すぐ近くから見た森林橋
 橋の下流に稲沢市の太い上水道が通っています。2016-02-19

東の方から見た森林橋
 東の方から見たところです。ゆるい坂を上った後,橋の後方はゆるい下り坂になって,右にカーブしています。見通しが悪いところです。↓2015-12-22

森林橋の近くから西を見た
 橋に近づくと,やっと先の方が見えてきます。ここで自転車の右側通行は危ないです。

森林橋の西方は三差路
 西の方からやってくると,橋の手前に三差路があります。地図には,橋から上流に向かう道が描かれていますが,1枚目の写真でもわかるとおり,歩くこともできないような草道です。2015-04-18

西の方から見た森林橋
 橋に近づいて見ると,後方がゆるい下り坂になっていることがわかります。2015-12-22

森林橋から上流を見た
 橋の上から見た上流です。2016-01-17

森林橋から下流を見た
 橋の上から見た下流です。すぐ先に権現橋が見えます。2015-12-22

森林橋の欄干内側
 上流側の欄干です。高さが60cmほどしかありませんので,人の転落防護には期待できないと思われます。車にぶつけられたりしたのでしょうか,だいぶ傷んでいます。↓2016-01-17

森林橋の欄干外側
 欄干は橋の端ではなく,少し内側に設置されています。地覆じふく橋の両側の少し高くなったところで,縁石ともいいます。はありません。

 欄干の東端にある左右の橋名板です。2015-12-31

森林橋西端の橋名板
 欄干の西端にある左右の橋名板です。万葉仮名が使われているところに趣があります。万葉仮名で書いてある橋名板は,雁橋にもあります。
2012-11-08,2016-02-04

今は見られない光景

大型車通行禁止だった森林橋
大型車通行禁止だった森林橋
 橋の手前に,「幅員減少」とともに,「大型貨物自動車等通行止め」の標識と「この先、大型車通り抜けできません」と書かれた看板がありました。2006-10-20
 通行制限に関する標識等は,いつのまにかなくなりましが,「幅員減少」の標識は現在もあります。
参考資料
*1:旧尾西ウール(株)工場跡地の土壌汚染に係わる調査について ニッケ 平成23年4月27日
*2:管内電気事業要覧 名古屋逓信局 工作物施設者概要(9) 1939年