美濃路探訪」ついて

美濃路探訪

最終更新:2024-02-17
スタート:2021-06-17


このページの見方など

美濃路 ←このような表記をすると説明が表示されます。が付いている場合は,ここだけ事典に詳しく書いてあります。

して画面上に出現したものは,すると消えます。

 「ここだけ事典」にあった内容はここだけ事典に移しました。
 美濃路を取り上げたきっかけは,近所を通っていた美濃路の消失を知ったことです。それまでも美濃路に残っていた古民家がなくなって整地されていたりすることを見るたびに,なんともいえない寂しさを感じていましたので,「どのように変化してきたのか」自分の目で確かめながら,自由研究のかたちでまとめてみることにしました。
連絡先など




取り上げるもの

現在の美濃路に見られる当時の美濃路
 当時の美濃路にあって,今も残っている一里塚道標などを取り上げます。


当時の美濃路にあった一里塚本陣問屋場などの跡
 現在の美濃路石碑などのモニュメントがある場合はもちろん,何の痕跡もなくても取り上げます。


現在の美濃路にある史跡
 美濃路案内板などが設置されていたり,美濃路から見えたりする史跡を,当時の美濃路にはなかったものも含めて,取り上げます


失われた美濃路
 区画整理都市化治水工事などによって当時の美濃路現在の美濃路として残っていないところは,失われた経緯などを踏まえて,取り上げます。


神社仏閣
 美濃路に面していて見取絵図にあるものや,美濃路に深く関わったと思われるものを取り上げます。


注目したところ
 街道の雰囲気を残している古民家美濃路の様子ががらりと変わるところ/美濃路を散策するときに目印になると思われるところ,などを取り上げます。


取り組む姿勢

詳細に記述する
 たとえば,ただ単に道標が交差点にあります。と書くのではなく,「T字路の南東角に道標があって,北を向いた面と,西を向いた面には,それぞれ次のような文字が彫られています。というよう詳しく書きます。


 左 いち之宮
北面

 左 京都
 右 江戸
西面

場所を明確に示す
 美濃路の状態を正しく把握するため,また散策に役立つように,取り上げるすべての対象について,できるだけ正しい位置を地図上に示します。


時を示す
 記録した時は重要であると思われるので,各ページには初めて公開した日スタート日)最終更新日を添え,各写真には撮影年月を添えます。


石碑や説明板などの記述を載せる
 写真だけでは読みにくいことがあるので,できるだけ読み取って書くことにします。多くは縦書きで記述されていますが,縦書きは特にスマホでは読みにくいので,基本的に横書きにします。漢数字を算用数字に変えたときや,現物のとおりに文を折り返さなかったときは,そのつどりを入れます。


を和暦と西暦で記述する
 時代を把握しやすいように,ほぼすべてのところで「明治28年1895年)いうように,和暦西暦)いうかたちで記述します。


読みにくい漢字にふりがなをつける
 漢字を正しく読むことは,場合によってはとても困難です。しかし読み方は,歴史や文化がこめられた,とても大切な要素だと思います。間違って読まれたら,その読みに親しんでいる人たちを悲しませることになるかもしれません。そこで,できるだけ正しいと思われる読みを調べて,ふりがなをつけルビを振りす。


簡単な事典を備える
 美濃路探訪中にときどき登場する,たとえば追分道標絵図などのことばを調べることができるように,このページの中にここだけ事典設けました。ここだけ事典にあることばは,当時の美濃路は,このあたりに高札場がありました。いうように小さいを添えるとともに,することによって簡単な説明が表示されるようにします。


一里塚などの名前について
 見取絵図には,全ての宿場,主な河川/橋/道/神社仏閣などには,大垣宿五条橋というように固有名詞が添えてありますが,一里塚立場などについては一里塚立場などと添えてあるだけです。石碑などには史蹟 冨田一里塚というように固有名詞の扱いで彫られていることがありますが,ここでは冨田村にあった一里塚いう意味で冨田の一里塚いうように記述します。


漢字について
 基本的に新字体を用いますが,石碑などに使用されている漢字は,そこにある字体で記述します。ただしユニコードに登録されていない漢字については,それに近いと思われる字体で代用します。本字等が使用されている場合は,最初だけ総見院總見院いうように新字体本字等いうかたちで記述し,以降は新字体を使用します。


トイレについて
 美濃路から歩いて数分で行ける公衆トイレ公衆便所見つけたときは,トイレがあることを書くとともに,その位置を地図上に小さい赤丸で示しておきます。


記述のかたち

列記の記号
 垂井宿大垣宿墨俣宿というように,列記するときはスラッシュで区切ります。


資料等の記述
 石碑説明板参考資料などに書いてある内容は,道標には,つしま右へ三里と書いてあります。いうように,黄色の背景を細枠で囲った中に記述します。


過去の状況
 もう見られなくなった過去の状況を記述するときは,次のようにピンクの背景色を付けます。


 10年ほど前までは,この角に大きな松の木がそびえていました。

考えたこと
 私が考えたことを記述するときは,次のように,水色の背景色を付けます。


 書いてある文字から判断すると,この道標は道の反対側にあったはずです。何らかの理由で今の位置に移されたものと思われます。


地図について

街道の色
 美濃路紫色東海道中山道佐屋路青色その他の道緑色の線で示します。がなくなったり障害物があったりして通れないところは,基本的に破線にします。


記入する美濃路
 地図には,できるかぎり当時の美濃路を記入します。当時の美濃路は, 見取絵図明治地図戦後期に撮影された航空写真を参考に再現します。


各写真用の地図
 ほぼ全ての写真の下に,地図 A」るいは地図 A ↗」いうような表記を付けます。地図すると地図が表示されるので,同じ英字がある鉛筆の先を見れば位置がわかります。↗等の矢印が添えてある場合は,その位置から写真を撮った方向を8方位たとえば↑は北,↗は北東,→は東)示します。地図 A 赤丸ポスト」いうように,特定の対象物の位置を示す場合もあります。


2種類の縮尺を使用
 各ページの先頭付近にある地図ですが,当時の美濃路は延々と松並木が続いているだけで,取り上げる対象が少ない」どという場合は,縮尺が大きく範囲が広い地図を使用することがあります。標準の地図の場合は,地図の左下にある距離が「100m」なっていますが,縮尺が大きい地図の場合は「200m」なっています。


参考文献

 文献名の後に文献記号が付けてあり,たとえばあるページに*iks-36というリンクボタンがある場合は *iks,すなわち写真アルバム 稲沢・清須の昭和の36ページを示します。

解説編付 美濃路絵図(*me)
 児玉幸多監修 東京美術 1977-06-05


美濃路 −熱田宿から垂井宿まで−(*mj)
 日下英之著 愛知県郷土資料刊行会 1985-08-18


愛知県の歴史散歩(上)尾張(*ars)
 愛知県高等学校郷土史研究会編 山川出版社 2005-03-20


尾張名所図会 絵解き散歩(*ome)
 前田栄作著/水野鉱造写真 風媒社 2013-10-25


写真アルバム 稲沢・清須の昭和(*iks)
 竹田繁良編 樹林社 2014-02-21


古地図で楽しむなごや今昔(*kn)
 溝口常俊編著 風媒社 2014-04-21


名古屋地図さんぽ(*nc)
 溝口常俊監修 風媒社 2015-10-20


名古屋を古地図で歩く本(*nka〃
 ロム・インターナショナル編 河出書房新社 2016-09-01


古地図で楽しむ尾張(*ko)
 溝口常俊編著 風媒社 2017-01-20


美濃路をゆく(*my)
 日下英之監修 風媒社 2018-05-30


ウォークマップ ホントに歩く東海道 別冊 美濃路(*ha)
 風人社編集部著 風人社 2018-09-13


佐屋路をゆく(*sjy)
 石田泰弘著 風媒社 2019-05-30


あとがき

 最初は熱田から出発することにしてページをつくり始めましたが,地図の「北が上」逆らうかたちになって見にくくなることがわかりました。そこで北に位置する垂井から出発することにしました。

 2020年12月に撮影を開始しましたが,陽が照っていると「特に太陽を背にした建物や日が当たった石碑などが思ったように写らないことが多かった」で,できるだけ曇っている日をって出かけるようにしました。しかし理想的な曇の日にはなかなかめぐりあえず,途中で陽が照ってきたのはまだよい方で,雨が降りだしたために引き返したこともたびたびありました。

 2022年3月に体調を崩して入院し,大きな手術を受けました。半年あまり入退院を繰り返しましたが,体力も回復してきましたので,そろそろ探訪を開始しようと考えています(2023年7月)
撮影機材
 主に,フルサイズ一眼「Panasonic Lumix S5:20〜60mm」使用しました。