「急激な圧力低下」についてのヒント

 簡単にいうと,真空容器内に入っていた気体の大部分がトラップの壁面に吸着したために急激な圧力減少が生じたのだ。テキスト186ページあたりに書いてあるように,壁面の温度が低いほど気体分子は壁面に長い時間とどまるので,壁面の温度を下げると壁面に吸着される気体が増加する。
 さて問題になるのは「吸着した気体は水蒸気だけか」ということである。そこで次のように検討してみる。
 まず気温 20℃,湿度 60% のときの水蒸気の圧力を求めてみる。20℃ のときの飽和水蒸気圧は 23.39 hPa(和達清夫監修,東京堂出版1974「新版気象の事典」より)であるので,湿度を 60% とすると,水蒸気の圧力は,
   23.4 × 0.6 = 14 hPa = 10 Torr
となる。テキストの図4を見ると,大気圧(760 Torr)から 0.5 Torr あたりまでの排気特性は水蒸気を含んだ空気と水蒸気を含んでいない空気との間に違いが認められないので,0.5 Torr あたりまでは水蒸気も同じ割合で排気されたことになる。そうすると 0.5 Torr のときの水蒸気の圧力は,
   10 × 0.5/760 = 0.006 Torr
と求められる。この圧力は液体窒素を注いだときの圧力 0.02 Torr よりも小さいので,「液体窒素を注いた時点で,真空容器内の気体の 95% 以上が水蒸気である」ということはありえないことになる。ということは窒素や酸素もトラップの壁面に吸着するのだろうか。

 結論からいうと窒素や酸素も吸着するのだ。一般に気体分子が金属の表面に衝突したとき,ある時間だけ表面にとどまり,また飛び出していくが,とどまっている時間は気体の種類と表面の温度に依存する。その関係式がテキスト186ページの式(11)である。ここで活性化エネルギー Ed を丸善の理科年表で調べてみると,水は 7.5×10-20 J,窒素は 9.3×10-21 J である。そうすると室温(300 K)のときの平均吸着時間τは,水で 7.4×10-6 s,窒素で 9.5×10-13 s であるが,液体窒素の温度(77 K)になると,水は 4.5×1017 s,窒素は 6.3×10-10 s となる。
 液体窒素温度のとき,水は本当に「くっついてしまって離れない」ような吸着となるが,窒素はほんの一瞬しかとどまっていないように思える。しかし室温と液体窒素温度では吸着時間が千倍も違うことに注目しよう。店に入って来る客でたとえてみると次のようになる。

 ある店があって店には毎分 1 人の客が入って来るとしよう。今までは 1 人の客が店内にとどまる時間は平均 10 秒であったので,店内には 0 〜 1 人の客しかいなかった。ところが店舗を改装したところ 1 人の客がとどまる時間は平均 10 分にもなり,店内は 10 人ほどの客でにぎわうことになった。

 分子の場合も同じで,吸着時間が長くなると吸着している分子の数が増えるのだ。

記:2005-04-20

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