名古屋市熱田区 2

美濃路探訪


最終更新:2022-03-05 スタート:2022-02-25


はじめに

色温度←このようなパターンをすると小窓が出現します。小窓の中には,何か入っています。


で出現したものは,で閉じます。


見本の画像をすると大きくなり,再びすると元に戻ります。


 「西高蔵」交差点から「旗屋町」交差点までの美濃路を取り上げます①〜④
 この間の美濃路は大都市の中を通る幅50mの国道19号線に埋もれてしまいました。しかし沿道には青大悲寺の長い白壁や古風な建物,断夫山古墳などがあって目を楽しませてくれます。熱田神宮第二神門跡の標柱★も建っています。

地図:西高蔵交差点から旗屋町交差点までの美濃路
地図:西高蔵交差点から旗屋町交差点までの美濃路





① 「西高蔵」交差点にある地下鉄西高蔵駅の2番出入口です。

 地図 A ↗ 2021-12



② 都会的な建物が続いてきた中,突然古風な建物が現れました。青大悲寺です。
 見取絵図★には,ほぼ同じ場所に常行堂弥陀と添えてある寺院が描かれていますが,青大悲寺と関連があるのかどうかはわかりません。

 地図 B ↓ 2021-12

 説明板があります。

 山門★を入れて,南の方から見たところです。




 寿琳寺(壽琳寺)は,見取絵図★にもある古い寺です。

 地図 C ← 2021-12



 県営「熱田神宮公園」の入口です。熱田神宮公園は主にスポーツ公園ですが,東海地方最大の前方後円墳「断夫山古墳」や,児童公園もあります。もちろんトイレもあります。

 地図 D ↓ 2021-12



 断夫山古墳の端です。

 地図 E ↙ 2021-12



③ 車道に近い歩道に,「熱田神宮第二神門跡」の標柱★が建っています。第一神門の標柱と同様に,文字は車道側に彫ってあります。
 見取絵図★を見ると,一之鳥居よりひとまわり小さい鳥居が描かれていて,熱田二之鳥居と添えてあります。やはり美濃路を跨ぐようなかたちで建っていますが,鳥居の両側に余裕があるので,道幅を広げるようなことはしていません。

 地図 A ↘ 2021-12


 第一神門跡と第二神門跡の標柱を見ると,非常に気になることがあります。なぜ鳥居ではなく神門なのかということです。一般に,神門は鳥居とは別の施設で,いわゆる門です。熱田神宮には,織田信長が元亀2年(1571年)に新造した正門「海蔵門」があって,見取絵図にも描かれています。もちろん,海蔵門の前には鳥居があります。ということで,参考文献を調べてみましたが,すべて「一之鳥居」または「一ノ鳥居」と添えてあって,「神門」などというものはありません。明治11年(1878年)に発行された熱田の地図にも一ノ鳥居跡と添えてあります。これらの標柱だけが神門となっていることに加えて,建てた者や建てた年月日の刻字がないのも,これまた疑問です。しっかりした機関が調査して,標柱を建て替えるか,または「なぜ神門となっているか」の理由を書いた説明板を設置していただきたいと思います。
 なお海蔵門は,戦災で消失したとのことです。



④ 「旗屋町」交差点から,熱田神宮の方を見たところです。この交差点で,美濃路(国道19号線)は少し右(西)に曲がります。

 地図 B ↘ 2021-12

 地下鉄神宮西駅の4番出入口です。

 地図 C ↘ 2021-12