名古屋市西区区 7

美濃路探訪


最終更新:2022-03-05 スタート:2022-02-20


はじめに

美濃路このような箇所をすると説明などが表示されます。が付いている語句は美濃路探訪」ついてここだけ事典」詳しい説明が書いてあります。


で出現したものは,で閉じます。


見本の画像をすると大きくなり,再びすると元に戻ります。


 古渡町差点から,金山新橋南差点までの美濃路を取り上げます。①〜⑥
 この間の美濃路は大都市の中を通る幅50mの大通国道19号線埋もれて,街道の面影はほとんど残っていません。当時の美濃路にはあった,山王前立場古渡一里塚なども,痕跡すらありません。

地図:古渡町交差点から金山新橋南交差点までの美濃路
地図:古渡町交差点から金山新橋南交差点までの美濃路





古渡町差点をすぎて,最初の建物はなんと古民家です。ビルが建ち並ぶ中にあって,特異な存在です。

 地図 A ↘ 2021-12


 10車線幅の国道19号線が作られたのは,高度成長期です。そのとき美濃路本町通り国道に飲み込まれてしまいました。美濃路探訪掲載している地図は,明治地図を参考に本来の美濃路を記入していますが,この古民家美濃路に沿って建てられていたと考えると,30mほど東に移築された可能性があります。


 鉛筆マークのところに,かつて古渡一里塚跡と書かれた木の札が立っていました。2019年1月に撮影されたGoogle Street View」それがありますが,2019年8月に撮影された写真では確認できません。

 Google Street View 2019-01



 古渡一里塚跡の札が,なぜこの場所にあったのか,不思議です。見取絵図によると,伝昌寺のすぐ近くに一里塚がありました。ということは,古渡一里塚跡の札は本来の位置から200mも北にずれていたことになります。



見取絵図によると,現在カーコーティング店があるあたりに山王前の立場あり,その先に見える西に向かう道は,たくさんの神社が密集していたところへ向かう参道でした。参道には茶屋芝居小屋などが店を並べて賑わっていたようです。見取絵図の解説書によると,現在の稲荷神社古渡稲荷山王にあたるとのことです。

 地図 B ↙ 2021-12



 伝昌寺傳昌寺見取絵図にもある古い寺です。

 地図 C ← 2021-12

さて古渡町一里塚ですが,見取絵図,そして明治地図と現在の地図を照らし合わせると,鉛筆マーク DE で示したところ,ちょうど歩道橋が架かっているあたりにあったと思われます。専門家がしっかりと調査して,ほぼそのあたりだということになれば,歩道橋古渡の一里塚跡でも添えてもらえると嬉しいです。
 地図

 歩道橋の上から垂井の方を見たところです。

 歩道橋の上から熱田の方を見たところです。どちらにしても,街道の面影は,ほとんど残っていません。




すぐ近くの正木公園トイレがあります。
 地図



 見取絵図によると,このあたりに高札場がありました。道路の反対側にある妙住寺の位置などを参考に見当を付けてみました。

 地図 A ↓ 2021-12



熱田台地を切り取った堀割の中を,JR中央線名鉄名古屋本線JR東海道線が通っています。そして金山駅があります。美濃路国道19号線長さ76m,幅50mの跨線橋新橋堀割を渡ります。

 地図 B ↘ 2021-12



 金山新橋南差点を渡ると,名古屋市中区から名古屋市熱田区に変わります。

 地図 C ↙ 2021-12